第123回国会 内閣委員会 第4号 平成四年四月七日(火曜日) から |
| ○吉川春子君 RF4Eファントム墜落事故について伺います。 去る三月二日、福島県平田村の水田に航空自衛隊百里基地に配備されている偵察航空隊所属のRF4E偵察機が墜落して乗員二名が死亡しました。亡くなられた二人の乗員におかれましては大変気の毒なことです。事故現場には民家も点在しており、さらに大きな惨事につながりかねない事故でありました。水田は、破片を回収しても土を入れかえないと稲も育たないなど農作業にも影響が出ています。 まず伺いますが、墜落したRF4Eの飛行コースは、百里基地から太平洋上に進出した後に左旋回し、日立または小名浜から陸地に進入したと思われますけれども、どういう飛行コースをとられたんですか。 ○政府委員(小池清彦君) 飛行コースといたしましては、大体ただいま先生がおっしゃいましたように、百里基地から離陸をいたしまして一度海に出まして、それから内陸の方に入りまして、さらに北上をいたしました。こういうコースでございます。 ○吉川春子君 そのときの高度、それからどういう訓練をされていたんですか。まず高度から伺います。 ○政府委員(小池清彦君) 高度につきましては、約千フィートを飛行しておりました。訓練の内容といたしましては、ポイントを幾つか決めまして、そのポイントを偵察訓練をやりながら飛行して通過していく、こういう航法訓練をいたしておりました。 ○吉川春子君 時間の関係もありますので、飛行コースとか、どこの管制を受けていたかとか、高度とか、それ後でもうちょっと詳細に文書で提出していただきたいんですが。 ○政府委員(小池清彦君) 提出できる範囲でお出しいたしたいと存じます。 ○吉川春子君 できるだけ詳しく公表してください心 それで、事故原因はどういうことなんでしょうか。 ○政府委員(小池清彦君) 本日まで判明しておりますことは、機体の破壊、エンジンの火災、爆発、こういった突発的なふぐあいで墜落した可能性は低いというふうに考えております。 なお、現在鋭意事故調査中でございます。 ○吉川春子君 そういう前提に立ちますと、あと残されたのはパイロットのミスということですか。 ○政府委員(小池清彦君) 必ずしもそういうことではございませんで、現在さらに鋭意事故調査中であるということでございます。 ○吉川春子君 その偵察機の飛行訓練の区域ですけれども、通常との区域で、具体的に県名などを挙げていただければと思うんですけれども、どの区域で偵察飛行訓練をやっていますか。 ○政府委員(小池清彦君) 偵察航空隊の陸上での航法訓練は、中部地方の上空でいたしておりまして、具体的に県名を挙げますれば、北は宮城県、山形県、南は長野県、山梨県、その辺のエリアでいたしております。 ○吉川春子君 新潟、栃木なども含むわけですね。そのほかにも含む県ありますか。 ○政府委員(小池清彦君) 大体そんな感じではないかと思います。 ○吉川春子君 地域住民も自衛隊機の低空飛行訓 練をたびたび目撃しているわけですけれども、どれくらいの頻度でこういう偵察飛行訓練をされているんでしょうか。 ○政府委員(小池清彦君) 一日数回程度というところでございます。 ○吉川春子君 一日数回程度というと、百里には十四機の偵察機がありますね。それがそれぞれ一日数回程度やっているということですか。もうちょっと具体的に詳しくお知らせください。 ○政府委員(小池清彦君) 偵察航空隊は、このような陸上での航法訓練だけをやっているわけではございませんで、海上でも訓練をやっておりますし、海上の訓練空域でも訓練をいたしております。 また、こういった偵察訓練を行いながらの航法訓練以外に、通常の航法訓練などもいたしておりますし、ただいま申し上げましたのは、このたび事故が起きましたときにやっておりました偵察訓練をやりながら航法訓練を行っておるというものについて申し上げたわけでございます。 ○吉川春子君 偵察を行いながら航法訓練をやっているというお話でしたけれども、偵察訓練の内容というのはどういうことをやるんですか、もうちょっと具体的に言ってください。 ○政府委員(小池清彦君) 偵察の訓練は、目視で行う偵察の訓練、カメラなどを使いましての偵察の訓練あるいはレーダーを使いましての偵察の訓練、そういったものでございます。 ○吉川春子君 偵察の訓練の内容を伺っているわけですけれども、この訓練は非常に危険な訓練であると言われておりますけれども、この偵察訓練、低空飛行の危険性ということについては具体的にどのように把握しておられますか。 ○政府委員(小池清彦君) このたび行っておりました航法訓練は、決して訓練自体としては危険な訓練ではございません。必ず千フィート以上の高度を守るようにきつく指導しておりますし、また、人家密集地の上空は避けて飛行するようにきつく指導をいたしております。飛び方といたしましても、決して曲技飛行でございますとかそういった飛行をやるわけではございません。また、対地航法用のレーダーなども使いまして安全な高度を保ちながら飛行をしておるわけでございます。したがいまして、この訓練自体は決して危険な訓練ではないということを御理解いただきたいと存じます。 ○吉川春子君 これは、そうすると、パイロットが目視あるいは勘でやる、そういうようなことも一切されずに、全部計器で飛行するんですか。 ○政府委員(小池清彦君) 目視で飛ぶことももちろんございますけれども、対地航法用のレーダーもちゃんと持っておりますので、その助けも適宜かりながら飛行をするわけでございます。 ○吉川春子君 米軍機が日本全国で超低空の飛行訓練をやっていることはよく知られておりますけれども、自衛隊も、超低空とまでいかなかったのかもしれませんけれども、かなり低空で危険な飛行訓練をやっているということが今回の事故につながったというふうに思うわけです。 こういう偵察訓練というのは何のためにおやりになるんですか。千フィートというと何メートルか、ちょっと念のため言ってください。 ○政府委員(小池清彦君) 千フィートは約三百メートルでございます。偵察の訓練としては高空で偵察をすることも。ございますし、これくらいの高度で偵察をすることもございますし、実際に行う行動の訓練を日ごろからやっておるということでございます。また、こうした訓練は災害派遣等にも大変役に立つわけでございまして、雲仙でございますとかあるいは大島、三宅島の噴火でございますとか、前回の日航機墜落事故の際でございますとか、いろいろ役にも立っておるわけでございます。 ○吉川春子君 自衛隊は災害のために低空訓練をやっているんですか、そんなことないでしょう。私が伺ったのは、軍事目的でどうして低空訓練を行うのか、こういうことです。ちゃんと答えてください。 ○政府委員(小池清彦君) 災害派遣以外の我が国の防衛のための任務を果たします上には、偵察飛行を行うということは何にも増して大切なことでございます。そのための訓練を行っておるということでございます。それは、またあわせて災害派遣にも大いに役立っておるということを申し上げたわけであります。 ○吉川春子君 低空で飛ぶわけでしょう。レーダーを避けて、敵のそういうレーダーをかいくぐるために飛ぶ訓練が低空訓練ですよね。なぜ日本の自衛隊が日本の領土内でそういう低空訓練を行う必要があるのか、その軍事的なねらいは何か、このように聞いていますので、災害の話は今回はいいです。ちゃんと答えてください。 ○政府委員(小池清彦君) 先ほどから申し上げておりますように、千フィートの高度、三百メーターの高度を守って飛んでおるわけでございます。それは決して極めて低空であるという高度ではないと思います。 ○吉川春子君 防衛庁長官に伺います。もう押し問答になっています。 要するに、千フィートの高度でなぜ日本の自衛隊が偵察訓練を、低空の偵察飛行をする必要があるのか、なぜですか。どこのレーダーをくぐるためにやっているのですか。 ○国務大臣(宮下創平君) 一般論として申しますと、よく例えば陸上自衛隊の戦車がなぜ必要かというような、これはちょっと今先生の御指摘の点と若干趣を異にしておりますけれども、私どもは専守防衛でございますので、侵攻を受けたときにこれに有効に対応して防衛機能を果たすということでございまして、侵攻がなければ当然そういう必要はないわけであります。しかし、抑止力としての力を持つというためには、国内に侵攻されたとき専守防衛で応戦するわけでございますので、そういった点の条件をも考慮して偵察飛行その他もやるわけでございまして、決して国外でどうのこうのということではございません。国内における専守防衛の体制をきちっとしたものとするための訓練である、こう理解をいたしております。 ○吉川春子君 専守防衛の自衛隊がなぜ敵のレーダーをくぐるために低空で訓練する必要があるんですか。どこか外国へ出ていくというんだったらわかります。敵のレーダーから捕捉されるから、とにかく見つからないように千フィートであろうと五百フィートであろうと飛ばなきゃならないというのはわかりますが、今、大臣おっしゃったように、専守防衛だから日本の自衛隊というのはシベリアなんかまで行ったりしないわけでしょう。それなのになぜそういう訓練が必要なのか。戦車のことはもうきょうはいいですけれども、低空飛行訓練がなぜ必要かという点について端的に伺います。 ○政府委員(小池清彦君) レーダーの下をかいくぐっていく訓練をやっておったというふうに考えておられるようでございますが、必ずしも千フィートで飛行していく訓練がレーダーの下をかいくぐっていく訓練だとは思っておりません。現にヨーロッパあたりはレーダーの下をかいくぐっていくのは百フィートの高度でやっております。百フィートと千フィートでは大分違うわけでございます。これが一つでございます。 それから、有事の際を考えました場合に、もし我が国に外敵が上陸してまいりました場合に、これを偵察に行くといたしますと、向こうは地上にレーダーをたくさん配置しておりまして、偵察機をキャッチいたしまして、これを当然迎撃してまいります。したがいまして、この訓練がレーダーの下を必ずしもかいくぐっていく訓練であったというふうには考えませんけれども、我が国が侵略を受けた場合に、敵はレーダーを使わないということは絶対にあり得ません。何をおいてもレーダーを使ってまいります。 ○吉川春子君 どこのレーダーをかいくぐるんでしょうね、日本の中で。どこの国のレーダーをかいくぐるんでしょう。つまり、本当に必要でもない訓練を、しかもソ連も崩壊したわけでしょう、何遍も国会でも論議になっていますけれども、ソ 連も崩壊して、仮にソ連が元気のいいときは着上陸侵攻に対していろんなことが想定されたかもしれないけれども、私たちそういう立場じゃありませんけれども、しかし今となっては全くそういう訓練すら無意味だと思うんです。そして、そういう危険な訓練をあえて行う軍事的な理由も何もなくなっちゃったんじゃないかということを指摘しておきたいと思います。 そして、もう一つ伺いますけれども、防衛庁は、これまで実弾射撃を行う訓練、空中戦の訓練は言うまでもありませんけれども、低空飛行訓練についても指定された訓練空域で実施するというふうにしていたわけですね。 ○政府委員(小池清彦君) 昭和四十六年七月に雫石の事故が起きまして、八月に航空交通安全緊急対策要綱が定められまして、白米曲技飛行等は訓練空域で行うということになったわけでございます。しかしながら、曲技飛行に当たらない、通常の民間機が行っていると同じような態様の飛行になりますけれども、そういう飛行は航空法令で許される空域で行ってきたわけでございます。 ○吉川春子君 では、要するに千フィートの航法訓練、低空飛行は訓練空域以外でも、つまりどこでも行う、こういうことですか。 ○政府委員(小池清彦君) 航空法で申しますと、航空路の計器飛行の最低高度よりも千フィート下、それよりも下の空域、それから計器出発進入経路よりも千フィート下よりも下の空域では有視界飛行を行っていいことになっております。そういった空域も使いまして航法の訓練を行っておるわけでございます。 ○吉川春子君 ちょっと聞き取れなかったんですけれども、要するに千フィートの低空飛行訓練は訓練空域以外でも今やっている、こういうことですか。 ○政府委員(小池清彦君) おっしゃるとおりでございます。 なお、最低の安全高度でございますけれども、これは運輸省令で定めがございまして、人家の密集地は原則三百メーター以上、人家がまばらなところでは百五十メーター以上、人家もなく人もいないところでは地表面以上でやっていいことになっておりますけれども、私どもは千フィート以上で飛行するようにきつく指導しておるところでございます。 ○吉川春子君 一九八七年八月二十日の衆議院内閣委員会で防衛庁の長谷川教育訓練局長は、「偵察機であっても戦闘機と同様に訓練空域で行うわけであります。」、そして例えば、飛行態様が通常の民間機の飛行と何ら変わらない場合には空域的な制約というものはありませんと、こういうふうに答弁していますけれども、低空飛行訓練は訓練空域内でやるというふうに明確に言っているんですけれども、これはいつから修正したんですか、この答弁は。 ○政府委員(小池清彦君) このたび行っておりました訓練は、先生がただいまお読み上げになりました一番後者の方の訓練でございます。曲技飛行等の訓練ではございませんので、訓練空域以外の航空法令で許された空域で実施しておる、こういうことでございます。 ○吉川春子君 偵察機の低空飛行訓練を民間機の通常の飛行と同一視すると、そういうことですか、今の答弁は。 ○政府委員(小池清彦君) 飛行態様は同様のものである、こういうことでございます。 ○吉川春子君 とんでもない答弁だと思うんですよね。これを、低空飛行訓練を民間機の通常の飛行と同じだなんて、そういうことはとても私はその答弁は納得できないわけです。指定された訓練空域でやるのは空中戦、実弾射撃だけだ、こういうことですね、そうすると。 ○政府委員(小池清彦君) 曲技飛行等の高度、速度、姿勢、そういったものを急激に変える飛行、これを訓練空域で行っております。 ○吉川春子君 要するに空中戦あるいは実弾射撃訓練だけを訓練空域でやって、あとはもうどこでも日本の空、どこでもできるという考えは、これは米軍と同じですね。そして、従来の防衛庁の答弁とも変化していますね。米軍は実弾射撃を伴うもの、空中戦は訓練空域内でやるとして、ほかはもう事実上の超低空訓練は日本じゅうどこでもやって、大臣の地元の伊那谷なんかでも物すごい被害を出していますよね。私は長谷村とか高遠町まで見にいきましたけれども、本当に老人ホームの上であろうが保育所の上であろうが役場の上であろうがすれすれに飛ぶんですよね。そういうことを自衛隊機も今後はやるということなんですか。防衛庁長官どうですか。 ○国務大臣(宮下創平君) この日米安保条約の地位協定その他によって訓練空域その他も決まっておりますが、今委員御指摘のように、米軍機の低空飛行、これも限度はございますけれども、実際は、委員御指摘のとおり日本全土で行い得る、こういうことになっております。 今、私の出身の村まで委員行かれたということでございますが、私の部落は過疎部落でございますけれども、確かに人家その他もございます。公共施設もありますから、私もそういった上空を超低空で飛ぶことの危険性、これは十分私も指摘してまいりました。そしてその要請をしてまいりました。私は具体的に申しますと、そういう超低空訓練をやり得る条件で、しかも民家のない谷合いとかそういうところまで指摘をいたしまして自粛を求めたことも率直に申しましてございます。そういう点がございますので、あくまでやっぱり訓練といえども我々国民の不安感を募るようなことであってはなりません。したがって、そういう角度から実施すべきものだと、基本的には私もそう思います。 しかし、今、訓練局長の申し上げておりますのは、自衛隊機といえどもこの民間の航空機と同じ航空法並びにその施行規則によりまして高度制限あるいは人家のあるところの高度制限等々の規制をかぶってまいりまして、この範囲内で訓練をいたしておるということを申し上げたわけでございまして、あくまでやっぱり安全性を確保するという見地は忘れてはならない視点だと存じております。 ○政府委員(小池清彦君) 米軍機と自衛隊機のことにつきまして誤解なきようにお願い申し上げたいと存じますのは、曲技飛行等は自衛隊機は訓練空域でしかやってはいけないことになっておるわけでございます。しかし、米軍にはそういう制限がないわけでございます。ここが自衛隊機と米軍機の状態が違うところでございまして、自衛隊機が米軍機と同じ条件になったというようなことは毛頭ないわけでございます。 ○吉川春子君 低空の飛行、そして偵察飛行を訓練空域だけではなくてどこでもできる、そういうことが米軍機と同じだと私は言ったんです。米軍機のもちろんこういう傍若無人なやり方は、もう大臣だって抗議しなければならない、申し入れをしなければならないぐらいのもので、もう大変なんですよ。やっぱり自衛隊の飛行機もそういう立場で今までどおり訓練空域を守って、少なくとも、私たちこういう訓練必要ないと思いますけれども、今までの答弁を超えてさらにどこでもできるんだ、こんな答弁は全く絶対に納得できません。ましてやレーダーをかいくぐるようなそういう訓練というのは何のためにやるんですか。さっき災害のときに役立つと言いましたけれども、そんなそういう詭弁でもって飛行訓練を正当化することはできません。時間の関係でそのことを申し上げて、もう一つの問題に移ります。 中国山西省残留部隊の戦後処理問題について厚生省にお伺いいたします。 この問題は、国会の各委員会で、また本委員会でも論議されており、戦後四十余年を経過していますけれども、関係者は一日も早く解決してほしいと切実に訴えておられます。 敗戦直後、中国の山西省に残留した二千六百名の将兵が中国国民党政府の山西軍の支援のために戦闘を続行して多くの犠牲者を出しました。当時、軍は、一九四六年三月十五日に、残留した将兵全員を全員の知らない間に現地除隊として措置 をとったため、軍人としての取り扱いを受けられずに物心両面で不利益をこうむったまま今日に至っています。私は古い会議録、そして関係者の証言などを読んでみましたけれども、当時の状況を考え合わせてみますと、個人の自由意思で残留したとはとても言いがたい状況だったのではないか、こういうふうに思いますけれども、厚生省、それでもやっぱりこれは、もうこの残留は個人の意思によってなされたと、こういうふうにあくまで主張されるおつもりですか。 ○説明員(村瀬松雄君) お答えいたします。 ただいま御質問の、当時中国山西省にありました日本軍の第一軍でございますけれども、これにおきましては、山西軍に残留を希望する将兵に対しまして全員帰還の方針をもって説得しております。それで、これにもかかわらず、その説得に応ぜず残留した者に対しまして、当時の陸軍部隊の復員に関する規定に基づきまして現地召集解除の処置がとられたものであります。 それで、このことにつきましては、昭和二十八年から二十九年にかけまして山西省残留者の実情に関する調査を行いました。当時その調査に基づきまして、昭和三十一年に国会に御報告申し上げているところでございます。そういうことでございまして、私ども説得をしたけれども、しかしそれに応じないで現地召集解除措置をとられた、こういうふうに承知いたしているところでございます。 ○吉川春子君 当時、確かに終戦になっておりまして、そして全員引き揚げの方針を政府が持っておられたということは事実だし、説得をされたという記録も残っておりますが、同時に厚生省もよく御存じのように、国会の参考人質問その他の証言では、やはり上官の命令、上官の命令は昔は天皇の命令と思えという教育をされたんだそうですね、その上官の命令でとにかく残ってくれということを強く言われて、そしてしかも日本に安全に帰れないかもしれないとか、日本に帰っても混乱のさなかにあるとか、いろいろ情報が飛び交う中で自由意思などというものではなくて、やっぱり上官の命令に従う、軍の命令に従うという形で残られた、残った方はそういう形だったと思うんですね。だから、それを個人の自発的な意思で残ったなどというふうに認定されるのは本当に残酷なことではないかと私は思うわけです。 今、この方々が団体をつくりまして二十一団体が集まって、そして三つの要求をされています。それは、山西残留犠牲者の公務認定、それからその現地除隊措置の取り消し、そして山西残留実情を究明するについて再審査の請求を求めておられます。 私は、当時もうまさに中国は革命のさなかで今の政府に刃向かったわけですね。そういう混乱の中にあったわけだから、自分で意思を決定できる状況にはなかったと思うんですよ。そういうこともよく勘案されて、戦後五十年近くたってまだこういう自分たちの思いを陳情し続けておられる方々のために十分に誠意を持って厚生省は接していただきたい、そのことを最後に要望して、時間ですので質問を終わりたいと思います。 何か、前向きにおっしゃることがあれば二言言ってください。 ○説明員(村瀬松雄君) 今の御質問でございますけれども、当時におきます経過を私もう少し御説明申し上げたいと思うわけですけれども、どこの時期をとらえて上官の命令であったとおっしゃるかどうか、そういうことでございます。 確かに、おっしゃるように、ある時期におきましては、約六万人おったんですけれども、一万人ぐらい残さないと復員はさせない、こういうような、何といいますか、宣伝をしたということも伺っております。日本軍としましてはそれを受けまして確かに動揺をいたしました。それで、やはり我々が残らなければ部隊は復員できないんだ、こういうことになったことは確かでございますね。そのときは確かにいろいろと上官とかあをいは同僚の間で話し合ったというようなことも、私どもいろいろ調査の上承知しております。 しかし、その次の段階に参りますと、いろいろありまして、南京にあります支那派遣軍だとか、あるいは中国国民政府の方の指令が正確に第一軍に届いていなかった、そういうことがありまして、それが二十一年になりまして、支那派遣軍の方の総司令官がどうも山西軍の方の様子がよくわからないということで、総司令部の方から宮崎中佐、これは支那派遣軍の参謀なんですけれども、中佐を山西の方に派遣したんです。それで、実情を調べますと、果たして山西の方から正確な情報が支那派遣軍の方には入っていなかった、また山西軍の閻錫山という司令官ですけれども、それが第一軍の方に正確な命令を伝えていなかった、こんなことがありました。 それで、ようやくその時点で第一軍はそういう状況を知ったわけです。それから本格的な説得に入ったんです。それで、最終的に各部隊が、兵団長、それから部隊長、そういう人たちが、あるいは幹部、そういう方が積極的に説得に動いたわけです。その結果、二千六百人という方が残留をしたわけです。ですから、それにおいてもできるだけの説得をしています。部隊が二十一年の三月に、今お話がありましたように、復員する直前まで説得に努めております。そういう状況下で残られたと、私どももそういう実態、実情調査の中でそういうことを承知しております。 以上でございます。 |