あるテレビ局からこんな電話が入りました。 「稲のことでお願いがあるのですが」 「どんなことですか」 「今の季節、田んぼは、どのような状態なのでしょうか。
収穫した後の刈り株とかは残っているでしょうか」 「周囲の田には残っていないけど、
うちでは田起こしをしていないので、
刈り株はそのまま残っていますよ」 「番組で稲刈り後の田んぼのようすを再現したいのです。
その刈り株をわけていただくことはできますか」 「できないことはありませんが…」 「じつは大量に、200本とか300本ほしいのです」 「そのくらい、取りに来られるのでしたら協力しないでもありませんよ」 「引き抜いて送っていただくのはムリですか」 「はぁっ!?」 「束にして送っていただけませんか」 「あのぅ、稲の刈り株や、その根を見たことあります?」 …(中略)… 「なかなかむずかしそうですね。再検討して、
お願いするさいは改めて電話いたします」 「ところで、田んぼを見たことは?」 「いちおう車や電車の窓からなら」 「失礼ですが、おいくつですか」 「23歳です」 …(中略)… 生まれ育ちは神奈川県で、「田んぼは、稲を刈った後の
株を抜いて片づけて、また苗をさすと思っていた」そうです。 毎日食べるものなんだから、その奥のほうのこととあわせ、
知っていていいことのはず。百姓の側からの情報発信が少なすぎるんだな。 ちなみに、「私だって二十歳のときには畑でニンジンの葉と
ダイコンの葉の区別がつかなかったんだから」と、
某市会議員。テレビ局の若者をかばっているのかな。
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